東京高等裁判所 平成2年(行ケ)244号 判決 1992年2月25日
大阪市天王寺区小橋町一番二五号
原告
大阪シーリング印刷株式会社
右代表者代表取締役
松口豊
右訴訟代理人弁理士
岡田全啓
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 深沢亘
右指定代理人
雨宮弘治
同
松木禎夫
同
宮崎勝義
同
佐々木定雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
「特許庁が昭和六三年審判第一六二八〇号事件について平成二年七月二三日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文同旨の判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
出願人 原告
出願日 昭和五五年一〇月一日(昭和五五年特許願第一三八一〇八号)
発明の名称 「ロール状転写シート」(その後手続補正により「ロール状粘着性転写シート」と変更。)
拒絶査定 昭和六三年八月一〇日
審判請求 昭和六三年九月八日(昭和六三年審判第一六二八〇三号事件)審判請求不成立審決 平成二年七月二三日
二 本願発明の要旨
転写膜が連続的に形成され、かつ、ロール状に形成されたロール状粘着性転写シートであって、転写膜は帯状の剥離シートの一表面に、保護膜が形成され、該保護膜の上に、印刷層、箔押層そしてシートフィルムのうち少なくとも一つからなる転写すべき模様、文字等を形成する画線構成層が形成され、更に該画線構成層の上に感圧型接着剤が塗布されてなる粘着性接着剤層が形成され、該粘着性接着剤層を保護する保護層が該粘着性接着剤層の表面に形成された、ロール状粘着性転写シート。(別紙一参照。)
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
2 これに対して、昭和四七年三月三〇日社団法人日本合成樹脂技術協会発行「プラスチック製品の印刷」一二四頁ないし一二七頁(以下、「引用例一」という。別紙二参照。)には、熱接着剤層、アルミニウム蒸着層、保護被膜層及び転写フィルムよりなる転写箔、並びに、熱接着剤層、インキ被膜層、インキ保護被膜層及び転写フィルムよりなる転写箔が記載されている。
また、特開昭五四-一一七〇〇六号公報(以下、「引用例二」という。別紙三参照。)には、合成樹脂フィルム又は剥離材を塗布した紙に、インキにより所望の彩色、図柄模様を印刷して印刷原紙を形成し、この原紙をドラムに巻き取ったロール状の転写材が記載されている。
3 本願発明と引用例1に記載の技術的事項を対比するに、前者の「剥離シート」、「保護膜」及び「画線構成層」がそれぞれ後者の「転写フィルム」、「保護被膜層」あるいは「インキ保護被膜層」、及び「アルミニウム蒸着層」あるいは「インキ被膜層」にそれぞれ対応するから、両者はこれ等の構成を有する転写材である点で一致する。
ただ、前者で使用する接着剤が「感圧型接着剤」であるのに対し、後者のそれが「熱溶融接着剤」である点(以下、「相違点一」という。)、前者は接着剤の表面側に保護層を更に設けた点(以下、「相違点二」という。)、及び前者の転写材の形態がロール状に形成されたものであるのに対し、後者はシートである点(以下、「相違点三」という。)で前者と後者は相違する。
4 次に前記各相違点について検討する。
(一) 相違点一及び二について
転写材を使用して転写を行うに際し、接着剤の種類によって、単に加圧だけで行うか、あるいは加熱加圧を行うかは、本願前に当業者が適宜任意に採用していた手段にすぎず(必要ならば、大阪市立工業研究所プラスチック課編纂・「実用プラスチック用語辞典」、昭和五一年一月二〇日・株式会社プラスチックス・エージ発行、三三五頁参照。)、また、常温で短時間わずかの圧力を加えるだけで被着体に粘着する性質を有する接着剤として感圧性接着剤は周知のもの(必要ならば、右「実用プラスチック用語辞典」一一六頁ないし一一七頁参照。)であるから、引用例一に記載の「熱溶融接着剤」に代えて「感圧型接着剤」を使用することは、当業者が必要に応じて容易に行い得ることであると認められる。
また、接着テープの接着剤表面をゴミ等が附着するのを防止するため、あるいはその使用時までに他の物体との接着を防止するために剥離シートを添着することは通常行われていることであり(必要ならば、右「実用プラスチック用語辞典」三八八頁ないし三八九頁参照。)、また、前掲のように、常温で短時間でわずかの圧力を加えるだけで被着体に粘着するという感圧性接着剤の性質を考慮すると、転写材の接着剤として「感圧型接着剤」を使用した場合に、その表面に保護層を設けることも当業者が必要に応じて容易に行い得ることであると認められる。
(二) 相違点三について
引用例二に記載されているように、ドラムに巻き取ったロール状の転写材が本願前に公知のものである以上、引用例一に記載の転写材にこのような技術的手段を採用することは、当業者が必要に応じて容易に行い得ることであると認められる。
(三) 更に、本願明細書の記載を検討しても、本願発明が特に予期し得ない優れた技術的効果を奏し得たとも認められない。
5 以上のことを考慮すると、本願発明は、前記引用例一及び二に記載の発明、並びに本願前の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の理由の要点1ないし3は認める。同4(一)のうち、常温で短時間わずかの圧力を加えるだけで被着体に粘着する性質を有する接着剤として感圧性接着剤は周知のものであるとの点、及び、接着テープの接着剤表面をゴミ等が附着するのを防止するため、あるいはその使用時までに他の物体との接着を防止するために剥離シートを添着することは通常行われていることであるとの点は認め、その余は争う。同4(二)のうち、ドラムに巻き取ったロール状の転写材が本願前に公知のものであることは認め、その余は争う。同4(三)及び同5は争う。
審決は、相違点一ないし三についての判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから取り消されるべきものである。
1 相違点一及び二についての判断の誤り
従来、転写フィルムに用いられる接着剤としては、引用例一が示すように熱溶融接着剤が用いられており、この熱溶融接着剤は、加熱て被転写材に転写されるために、その熱に強い性質を有するものである必要性があるなど、被転写材の材質等にも限界があるのに対し、本願発明に係る転写フィルムの接着剤たる感圧型接着剤は、常温で接着させることができるので、かかる被転写材の耐熱性を有するか等についての問題を考慮する必要性がなく、比較的簡易にかつ美麗に被転写材に貼着することができる。このように、本願発明と引用例一記載の発明との技術的成の相違より導き出される効果上の相違は顕著であり、感圧型接着剤が周知であるとしても、これを引用例一記載の発明における熱溶融接着剤に代えて採用することは容易に行い得るところではない。
また、転写材の接着剤として感圧型接着剤を使用した場合に、その表面に保護層を設けることは当業者が必要に応じて容易に行い得るとの審決の判断も誤りである。
2 相違点三についての判断の誤り
引用例二に記載のものは、感圧型接着剤ではないので、ロール状に巻き取った場合に接触する他の部分と接着することなどは全く考慮する必要性がなく、したがって、引用例二記載の発明は、単純にロール状に巻き取ることのみを開示しており、本願発明の感圧型接着剤を用いた場合のように、保護層を設ける等のことについて全く考慮していないのみならず、それを示唆暗示する記載すら存在しない。
3 審決は、相違点一ないし三についての判断を誤り、本願発明は、引用例一及び二に記載の発明、並びに本願前の周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと誤って判断したものであって、違法であるから取り消されるべきである。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。審決の認定判断は正当であり、審決を取り消すべき違法はない。
二1 転写材を使用して転写を行うに際し、接着剤の種類によって、単に加圧だけで行うか、あるいは加熱加圧を行うかは、審決に示すとおり、本願出願前に当業者が適宜任意に採用していた手段にすぎない。このことは、審決で示した、「実用プラスチック用語辞典」(大阪市立工業研究所プラスチック課編纂・昭和五一年一月二〇日・株式会社プラスチックス・エージ発行)(以下、「周知例」という。)の三三五頁の「転写」の欄に、「絵付けや印刷を行う方法の一種で、離型性のよい紙やプラスチックフィルムに絵や文字を印刷し、その上に接着剤を施す。これを目的とするプラスチック製品の表面に押しあてて絵や文字を移すことをいう。ただし、接着剤の種類によって、転写の際、単に加圧だけですむもの、溶剤で湿らせた後加圧するもの、あるいは加熱加圧によって作業を完了するものもある。」と記載され、転写材を使用して転写を行うに際し、単に加圧だけで、又は、加熱加圧によって転写することが、本願出願前、ともに辞典に例示される程度に用いられていたことが示されていることからも、明らかである。そして、転写材を使用して転写を行うに際し、単に加圧だけで行うとは転写材の接着剤として感圧型接着剤を使用することを、また、加熱加圧を行うとは転写材の接着剤として熱溶融接着剤を使用することを、それぞれ示すものである。
また、感圧型接着剤が常温で短時間わずかの圧力を加えるだけで被着体に粘着する性質を有することは本願出願前周知であり、この感圧型接着剤の性質から、接着に際して被着体の耐熱性を考慮する必要がないことは自明なことであるから、本願発明において感圧型接着剤を使用したことに伴う効果、すなわち被転写材(被着体に相当)の耐熱性を考慮する必要性がなく、比較的簡易に被転写材に貼着することができるという効果は、感圧型接着剤を使用するという構成及び前記周知の技術的事項から予期されるものにすぎない(なお、美麗に被転写材に貼着することができるという効果は、本願明細書に記載されていないものである。)。
したがって、本願発明における感圧型接着剤を使用したことに伴う効果が予期し得ない優れたものであるとすることはできない。
2 引用例二には、転写材をロール状として使用することが記載されており、この転写材は、ロール状に巻き取った場合にも接触する他の部分と接着を全く考慮する必要性がないものであることは原告の主張するとおりである。一方、引用例一記載の発明において、熱溶融接着剤に代え感圧型接着剤を使用した場合の転写材は、引用例二に記載の転写材と異なり、接触する他の部分との接着を考慮することが必要なものである。
しかし、引用例一記載の発明において、熟溶融接着剤に代えて感圧型接着剤を使用した場合、その表面に保護層を設けることは当業者が必要に応じて容易た行い得ることであると認められることは審決の認定のとおりであり、このような感圧型接着剤の表面を保護層で被覆した転写材にあっては、これをロール状としても接触する他の部分との接着を全く考慮する必要がないものである。
したがって、引用例一記載の発明に係る転写材を、その接着剤を感圧型接着剤に代え、感圧型接着剤の表面に保護層を設けたものに変更するに際し、変更後の転写材がロール状としても接触する他の部分との接着を全く考慮する必要がないものであるという特性を有することを考慮して、引用例二に記載の転写材のようにロール状とすることは、当業者が必要に応じて容易に行い得ることである。
第四 証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 本願発明の概要
いずれも成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許願書)及び同第三号証(手続補正書)(以下、両者を総称して「本願明細書」という。)によれば、本願発明は、転写マーク等として用いる自動貼付等を容易にした粘着性転写シートに関するもので、前記本願発明の要旨のとおりの構成を採用することによって、保護膜上に容易に凹版及び孔版に限らず、従来の各種印刷方式で印刷模様を形成したり、箔押しすることにより、各種の画線構成層を形成することが容易であり、また保護膜の材料やその厚みを変えることにより、被貼着材との違和感がなく、しかも貼着作業の容易化や貼着する機械の自動化を図ることのできるロール状の粘着性転写シートを提供するものであることが認められる。
三 取消事由に対する判断
1 審決の、引用例一及び二に関する認定(審決の理由の要点2)、本願発明と引用例一との一致点及び相違点の認定(同3)については、いずれも当事者間に争いがない。
2 相違点一についての容易想到性
成立に争いのない甲第六号証(周知例)によれば、周知例の三三五頁の「転写」の欄には、「絵付けや印刷を行う方法の一種で、離型性のよい紙やプラスチックフィルムに絵や文字を印刷し、その上に接着剤を施す。これを目的とするプラスチック製品の表面に押しあてて絵や文字を移すことをいう。ただし、接着剤の種類によって、転写の際、単に加圧だけですむもの、溶剤で湿らせた後加圧するもの、あるいは加熱加圧によって作業を完了するものもある。」と記載されていることが認められる。
右記載によれば、転写材を使用して転写を行うに際し、単に加圧だけで、又は、加熱加圧によって転写することは、本願出願前、ともに辞典に例示される程度に用いられていた手段であって、周知技術ということができるところ、転写材を使用して転写を行うに際し単に加圧だけで行うとは、転写材の接着剤として感圧型接着剤を使用することを、また、転写材を使用して転写を行うに際し加熱加圧を行うとは、転写材の接着剤として熱溶融接着剤を使用することを、それぞれ意味していることは、各転写の方法に照らし明らかである。
そして、常温で短時間わずかの圧力を加えるだけで被着体に粘着する性質を有する接着剤として感圧性接着剤(なお、感圧性接着剤と感圧型接着剤とは同義であると解するのが相当である。)が周知のものであることについては当事者間に争いがないから、この感圧型接着剤の性質から、接着に際して被着体の耐熱性を考慮する必要がないことは自明なことであり、本願発明において感圧型接着剤を使用したことに伴う効果、すなわち、被転写材(被着体に相当)の耐熱性を考慮する必要性がなく、比較的簡易に被転写材に貼着することができるという効果は、感圧型接着剤を使用するという構成から当然に予測されるものにすぎない(なお、原告は、美麗に被転写材に貼着することができるという効果をも主張するが、前掲甲第二、第三号証によるも、同効果についての記載は本願明細書には見当たらず、原告の同効果に関する主張は失当である。)。したがって、本願発明における感圧型接着剤を使用したことに伴う効果が当業者の予測し得ない優れたものであるとすることはできない。
以上によれば、引用例一に記載の「熱溶融接着剤」に代えて「感圧型接着剤」を使用することは、当業者が必要に応じて容易に行い得ることであるとした、相違点一に関する審決の認定判断に誤りはない。
3 相違点二についての容易想到性
接着テープの接着剤表面をゴミ等が附着するのを防止するため、あるいはその使用時までに他の物体との接着を防止するために剥離シートを添着することが通常行われていることであることは、当事者間に争いがない。そして、前掲甲第六号証によれば、周知例の三八八頁ないし三八九五頁の「剥離紙」の欄には、「感圧性接着剤を塗布した紙や布の接着剤の安定を保持し、かつその粘着性を保護するために接着剤を塗布した面に貼り付けてある紙。接着作業時にはこれをはがして使用する。」との記載があることが認められる。
以上の事実によれば、転写材の接着剤として「感圧型接着剤」を使用した場合に、その表面に剥離紙等の保護層を設けることは当業者が必要に応じて容易に行い得ることであると認めるのが相当であり、この点に関する審決の認定判断に誤りはない。
4 相違点三についての容易想到性
引用例一に記載の「熱溶融接着剤」に代えて「感圧型接着剤」を使用すること、及び、転写材の接着剤として「感圧型接着剤」を使用した場合に、その表面に剥離紙等の保護層を設けることが、いずれも当業者が必要に応じて容易に行い得ることであることは前認定のとおりである。また、引用例二に記載されているように、ドラムに巻き取ったロール状の転写材が本願前に公知のものであることについては、当事者間に争いがない。
そうすると、引用例一記載の発明において、転写フィルム、保護被膜層(インキ保護層)、アルミニウム蒸着層(インキ被膜層)及び熱溶融接着剤からなる転写箔(本願発明の転写膜に相当)のうち、熱溶融接着剤に代え、感圧型接着剤の表面に保護層を設けたものに変更するに際し、引用例二記載の転写材のようにロール状とすることは、引用例一及び二並びに前記周知技術に基づいて、当業者が容易に想到し得ることというべきである。よって、相違点三に関する審決の認定判断に誤りはない。
5 以上によれば、相違点一ないし三に関する審決の認定、判断に誤りはなく、また、本願発明が特に予期し得ない優れた技術的効果を奏するとすべき事情も見当たらないから、審決の取消事由に関する原告の主張は理由がないものといわざるを得ない。
四 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)
別紙一
<省略>
別紙二
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別紙三
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